2020’sの若者キャリア論 中村伊知哉教授 × 古屋星斗 後編

人生100年時代。Society5.0。日本人のキャリアづくりが大きく変わりつつあります。
これまで“新卒一括採用システム”によって支えられてきた若者のキャリアづくりも同様です。「2020年代の若者キャリア論 特別対談」として、今回はi専門職大学学長に就任予定の中村伊知哉先生と、スクール・トゥ・ワーク代表理事 古屋星斗の対談が実現しました。

前回 2020’sの若者キャリア論 中村伊知哉教授 × 古屋星斗 中編

『早期で多様な選択を』

中村
少し話が変わるのですけれども、最近、幼児から社会人まで教育全体を変える必要があると考えています。そこで超教育協会という団体を作りました。その協会のミッションは、教育に先端テクノロジーを入れること。

たとえば、小学校はデジタル教科書がようやく導入されて、プログラミング教育もようやく始まりますが、世界的に見たら相当な遅れです。世界ではすでにAIやIoT、ブロックチェーンの時代に入ろうとしているため、周回遅れになっています。

テクノロジーをどのように入れればいいか、というところから始まって、学校の壁を取り払ったような教育の仕組みとか、ブロックチェーンを個人で管理するにはどのようにすればいいのか、それを議論するだけではなくどうすれば実装できるのかを今考えているところです。

キャリア教育や、ファイナンス教育など、話には少し出てきますが、しっかりやっている人はいなくて、そういう方向の取組も進めていこうと思っております。
 
古屋
金融教育ですとか、キャリア教育もそうですし、いろいろな「○○教育」が出るのですが、大人にできることは「最低限のきっかけを与えること」だと思っております。今の時代Googleで調べればすぐ出てきますので、関心があれば、寝る前の五分間でほとんどのことが調べられます。

そうなるときの最初の取り掛かり、これを提供するのが大人のやるべきことだと思っております。また、教育×テクノロジーでエドテックと呼ばれていますが、一つ言えるのは、非常に効率的な学びになることですよね。

私は「早期で多様な選択」というのが、一つの理想像だと思っています。その理想像には現在どの国でも行きついてないわけですが、具体的には中学3年生の段階で、何かの修士号を持っている、もしくは何かしらの分野で一流の人間になっているとか。

最近いくつかの事例が出てきておりますが、例えば農業高校の女子高生が、夏休みの自由研究でウミガメの研究をしていてですね、それで学術誌に論文が乗った、という。

実は一つの分野で、15歳までにテックの力を借りて勉強時間を圧縮してやってしまえば、マスター学位取得までに必要な時間を15歳までに確保できるのではないのかと思っております。

かつ好きであれば、好きを軸としたモチベーション調達ができる。好きだからやろうということで、例えばウミガメの研究で実は英語の勉強が必要でしたりとか、数学が必要だったりする。するともともとの基礎学力強化のモチベーションにもつながるわけですから、いいことしかないと思うのですよね。

ですから私の一つの理想像として、15歳でプロフェッショナルとしてチャレンジをして、5年チャレンジして失敗してもまだ20歳。まったく問題なくリカバリー可能ですよ。

この「失敗の経験」は「キャリア上の成功」です。他方、もしこれが現在の24歳のマスター取得者だとしたら、5年たって失敗したら30歳になるわけです。

そうするとかなりリスクが高まります。挑戦できるタイミングというのを早めにすることが私の一つの未来社会の理想像です。
 
中村
すごく面白いと思います。超教育協会でも、尖った高校だったり中学校、すごい幼稚園だったりに入ってもらいたいわけなんですよ。それぞれ行くところは別々でいいのですけれども、何かいろいろなことができる、大人たちも協力しますという「場」を作りたいのですよね。

いろいろな大人が協力するから、とできれば面白いのですよ。そういう、「15歳でマスターコース」じゃないですが、マスターに認定したり、大人たちや企業はそれで応援したりですとか、そういうのを作っていくのは大いにありですね。
 
古屋
現代では、年齢というのは社会に対して一つの大きな信頼指標になってしまっているのですね。だから大人がやっていることそのものを高校生にやらせてみたらいい。究極的には、いくつかの分野においては年齢というのは関係ないんだな、というのが見せられると思います。

成人式で暴れる若者から考える、若者のエネルギーと、この社会の未来

 
古屋
最後にちょっと違う話をしたいなと思っているのですが、成人式で暴れる若者という話が毎年ありますね。私は暴れたニュースを聞くと、日本にはまだまだ希望があるなと思っているのです。

というのは、ドイツなんかを見ると、ああいう場で暴れているのって外国人、移民なのですよね。

数年前のニューイヤーフェスティバルか何かで、外国人の若者が女性の方に乱暴したというようなことでドイツではかなり騒ぎになったということがありました。

ああいった場で「外国人が暴れた」という風になるとどうなるか。簡単に、「外国人けしからん」と排斥運動に繋がってしまうのですね。

まだ日本は、若者が外国人と一緒に暴れてしまうという状況にある。その一点で未来があるなと思っていて。ドイツなどで起こっているのは、外国人が暴れていてその国の若者がそれを遠巻きに見ている状況が最悪なわけですよね。

そうなると、その瞬間にドイツとかイギリスとかアメリカみたいな話になって、社会的な分断が極めて進んでしまう。私はそういう意味で若い世代のエネルギー量というのが社会の安定性、民主主義の健全性に直接つながるのかなと。

私はこういう意味で、成人式では若者に暴れてほしいし、暴れたことのニュース自体に希望があるなと感じます。この前のハロウィンの渋谷の騒動でも逮捕された十五人ほどのうちの何人かは外国籍の方でしたが、栃木県から来て暴れていたヤンキーだったり東大生がいたり、暴れている若者の属性が多様なんですね。

もちろん人に迷惑をかけることは論外なのですが、人に迷惑をかけない程度で、例えば成人式でやんちゃをするという程度のことは、大きく見れば社会の分断を防ぐと思います。
 
中村
古屋さんは今32歳でしたっけ。昔の若い世代はもっと暴れていたわけですよ。学園紛争で暴れた連中がいて、僕らは、そのずっと後で、それでも結構大学中心に暴れていたし、その後もヤンキーが街で乱暴するように不良になっていきました。

その後、みんな、ネットの上で暴れるようになってきて。炎上したりしているのだけど、日本はうまく暴れる場があってうまく抑えてきたということですよね。

なんとなく僕も感覚としても暴れる場所が減っているなと感じがするのです。つまり、ネットでも規制が入ってきていき、駄目が広がっていっている。

どこかで綺麗にバーンと噴出するだったらいいのだけど、「おさえろ」と。国の活力を削ぎますよ。やはり「暴れ噴出孔」みたいなものを作らなきゃいけないんだと思う。

i専門職大学は噴出孔じゃないけど、ちょっとここで暴れてみるか、挑戦してみるかとできる特区にしたい。

責任の取り方としては、「三回叱られたら」出て行ってもらうみたいなルールを決めて暴れるというような場でもいいかなと。法律違反はやめとけよ、みたいな。そういう空間がこの社会にはなくなっていますからね。
 
古屋
今のルール社会、厳しいルールが、若者の熱意というかエネルギーを削いでしまっている面もあるのかもしれませんね。21世紀の日本は、若者が世界でもっとも少ない国であることを運命づけられている国なわけです。

しかし、「少ないことイコールつまらないことではない」ので、少ないけれどもめちゃくちゃ面白いという社会を目指して活動しております。

本日はありがとうございました!

中村 伊知哉
i専門職大学 学長(就任予定)
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科 教授
1984年ロックバンド「少年ナイフ」のディレクターを経て郵政省入省。通信・放送 融合政策、インターネット政策を政府で最初に担当するが、橋本行革で省庁再編に携わったのを最後に退官し渡米。
1998年 MITメディアラボ客員教授。2002年スタンフォード日本センター研究所長。2006年より慶應義塾大学教授。著書に『コンテンツと国家戦略~ソフトパワーと日本再興~』(角川EpuB選書)、『中村伊知哉の「新世紀ITビジネス進化論」』(ディスカヴァー携書)、『デジタルサイネージ戦略』(アスキー・メディアワークス、 共著)など。

古屋 星斗
一般社団法人スクール・トゥ・ワーク 代表理事
1986年岐阜県多治見市生まれ。大学・大学院では教育社会学を専攻、専門学校の学びを研究する。卒業後、経済産業省に入省し、社会人基礎力などの産業人材政策、アニメ・ゲームの海外展開、福島の復興、成長戦略の立案に従事。アニメ製作の現場から、仮設住宅まで駆け回る。現在は退官し、民間研究機関で次世代の若者のキャリアづくりを研究する。

 

2020’s若者キャリア論シリーズ

2020’sの若者キャリア論 中村伊知哉教授 × 古屋星斗 前編
2020’sの若者キャリア論 中村伊知哉教授 × 古屋星斗 中編
2020’sの若者キャリア論 中村伊知哉教授 × 古屋星斗 後編

2020’sの若者キャリア論 中村伊知哉教授 × 古屋星斗 中編

人生100年時代。Society5.0。日本人のキャリアづくりが大きく変わりつつあります。
これまで“新卒一括採用システム”によって支えられてきた若者のキャリアづくりも同様です。「2020年代の若者キャリア論 特別対談」として、今回は慶応義塾大学大学院教授、i専門職大学学長に就任予定の中村伊知哉先生と、スクール・トゥ・ワーク代表理事 古屋星斗の対談が実現しました。

前回 2020’sの若者キャリア論 中村伊知哉教授 × 古屋星斗 前編

ロールモデルの崩壊と「ゴールのないサッカー」

中村
学校が本当に提供できるのって、人だと思うんです。産業界の第一線の方々や成功や失敗しているような方々と、会ってコミュニケーションすることによって得られることの方が数倍大きいだろうと思っています。

それでいろいろ連携してくれる企業も集めたのですが、同時に客員教員を分厚くしようと思い、様々な方にお話ししたところ、すでに100名を超えました。開学までに200名行きたいと考えています。

そうすると世界で初めて、学生より教員が多い大学になると(笑)。世界一を狙おうと思っています。
 
古屋
場づくりというか、授業空間という意味では、大学というのは100%座学で終始できる学校群です。そういう意味では大学生はある種の「ゴールのないサッカー」をやっているんですよね。

そして、突然3年生くらいになるといきなりゴールが現れるのですけど、そのゴールが「サッカーゴールではなくバスケットゴール」なんですね。

学問の世界でゴールはないわけです。就職活動という形でしか出口がないわけですから。だから本当に座学で学んでいる内容というのが、リンクしづらい状況になっていて、同時にそうすると学問の方にモチベーションが行くはずがない。

大学院の時に専門学校の研究をしていてですね、専門学校の先生が授業などをするときに、「ここがテストに出るよ」というのが一般的な学校だとすると、専門学校は「そんなことやっているとお客さんお金くれないよ」と。

これで生徒の目の色が変わるのですね。この空間の構造づくりがそもそもの違いだと思っています。

専門職大学というのは、出口のサッカーゴールが最初から示されていて、もしかすると普通の大学のように座学はやるものの、座学の意味が全然違っているというような設計ができるのではないかと考えています。
 
中村
知識を授けるという点でいうと、ブロックチェーンが入ってきて、自分が学んだ履歴がこのようだとちゃんとできるようになったら、こういう大学のこういう講座を、履修をしましたという時代がそう遠くなく来るはずだと思っています。

それでは足りないプロフェッショナルな知識とか、それより経験とか体験だ、実際にみんなでやってみたこととか、企業の方々と作って売ってみたとかいうようなことを合わせての、その人たちのバックグラウンドになっていくと思うのですね。

それをうまくくみ上げていければなと思っています。
 
古屋
そのお話を聞いて思ったことがあります。パーソナル・ヘルス・レコードという健康データを、健康組合などから吸い出して集めて分析する仕組みが医療の世界では稼働しています。

個人の健康情報が全てわかる、つまりはどういう風邪にどういう薬が実際に効いたかどうか、この薬をやると患者は再受診してない、なども実はビックデータとしてわかってしまうのですね。

これの同じことがキャリアについてもいえるのではないかと。「パーソナル・キャリア・レコード」というのが、今後必要なのではないかと思っているのですね、必要なデータとして、先ほどおっしゃっていた履修履歴、大学だけではなく、高校ですとか、もしくはプライベートスクール、塾で何をやってきたのか、後はボーイスカウトや、部活なども含まれるかもしれませんが、そういう内容をすべて含めて、かつ企業の人事データも入れていくと、実はどういった経験、例えばボーイスカウトやっていた人が宇宙飛行士になりやすいとかですね、そういったことがわかってくるのですね。

日本は比較的トップダウンで教育内容などが決められている部分もあり、履修のデータベースなどが共通化しやすい環境にあります。大学や企業から始めれば、そういった仕組みが比較的簡単にできるのでないかなと思っているのですね。

こういった講義はこんな価値があるんだよとか、わかってきますし、多少年月は必要かもしれませんが。なぜそのようなことを考えているのかといいますと、若者のキャリアを考える上で非常に悩ましいのが、ロールモデルが崩壊しているということです。

昔であれば入った会社の先輩の背中を追いかければ、という非常に簡単な話だったのです。しかし、今は、転職するかもしれないですし、そもそもその会社が持つかどうかもわからない、買収されるかもしれないという世の中で、先輩を追いかける若者というのが存在しづらくなっている。

すると誰をモデルにしていいかわからないまま進んでいくのですが、その時にデータという形でアシストできないかなというのを感じているのですね。
 

TOKYOの力を活かす

 
古屋
さて、i専門職大学はICTでイノベーションを起こす学生に来てほしいとのことですが、学生の起業数は統計上は近年減っている傾向にあります。

東京にいると尖った起業家とか多いので、そういった人たちは都市部に集まっているのかな、というのが私の感触としてはありますが、地方群から東京というのは若者を吸い上げているので、私の一つの問題意識は都市部の若者と地方の若者のキャリアを混ぜ返していくこと。地方の若者にも情報とチャンスを与えたいなと思っています。
 
中村
東京が引っ張る時代は長く続くだろうと思っていまして、だからと言って東京の力をそぐ必要は全くないと思っているので、大学を生かしながら、それをどうやって地方でも使えるようにするのか、これが課題だと思っています。
 
古屋
まったく同意見です。グレータートーキョーは世界最大級の経済圏です。この力が日本の最後に残った武器だと思っておりまして、資源を集中して、イノベーション都市にしていくことによって、人が育つ。育った人たちが地方に戻って、しっかりとネットワークなりを還元すればいいと思っております。
 
中村
そうですね。私たちはかなり東京にこだわりました。東京23区に新しい大学を作ろうと。文科省や政府の地方重視の方針がありましたが、23区じゃないとこの大学は無理だと。

私も古屋さんと同じ意見で、特にICTは東京集中だから、そこでないと、教える側も集まらないし、出口も少ないので。

 
中村 伊知哉
i専門職大学 学長(就任予定)
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科 教授
1984年ロックバンド「少年ナイフ」のディレクターを経て郵政省入省。通信・放送 融合政策、インターネット政策を政府で最初に担当するが、橋本行革で省庁再編に携わったのを最後に退官し渡米。
1998年 MITメディアラボ客員教授。2002年スタンフォード日本センター研究所長。2006年より慶應義塾大学教授。著書に『コンテンツと国家戦略~ソフトパワーと日本再興~』(角川EpuB選書)、『中村伊知哉の「新世紀ITビジネス進化論」』(ディスカヴァー携書)、『デジタルサイネージ戦略』(アスキー・メディアワークス、 共著)など。

 
古屋 星斗
一般社団法人スクール・トゥ・ワーク 代表理事
1986年岐阜県多治見市生まれ。大学・大学院では教育社会学を専攻、専門学校の学びを研究する。卒業後、経済産業省に入省し、社会人基礎力などの産業人材政策、アニメ・ゲームの海外展開、福島の復興、成長戦略の立案に従事。アニメ製作の現場から、仮設住宅まで駆け回る。現在は退官し、民間研究機関で次世代の若者のキャリアづくりを研究する。

 

2020’s若者キャリア論シリーズ

2020’sの若者キャリア論 中村伊知哉教授 × 古屋星斗 前編
2020’sの若者キャリア論 中村伊知哉教授 × 古屋星斗 中編
2020’sの若者キャリア論 中村伊知哉教授 × 古屋星斗 後編

2020’sの若者キャリア論 中村伊知哉教授 × 古屋星斗 前編

人生100年時代。Society5.0。日本人のキャリアづくりが大きく変わりつつあります。
これまで“新卒一括採用システム”によって支えられてきた若者のキャリアづくりも同様です。「2020年代の若者キャリア論 特別対談」として、今回はi専門職大学学長に就任予定の中村伊知哉先生と、スクール・トゥ・ワーク代表理事 古屋星斗の対談が実現しました。

イノベーションを起こす若者づくり

古屋(一般社団法人スクール・トゥ・ワーク代表理事、以下略):
本日はありがとうございます。私たちはこれからの時代の若者のキャリアについて様々な方と対話を進めております。先生は「i専門職大学」を開学されますね。既存の大学とは違う新しい教育機関ということで、非常に尖ったユニークな学校になりそうだなと感じていますが、どういった若者を受け入れ、どういった学生を育てていきたいですか?
 
中村伊知哉 教授(i専門職大学学長。以下敬称略):
i専門職大学では、ICTでイノベーションを起こす学生をつくる大学を作ろうとしています。それは既存の大学では無理だと思っていまして、1から企業と一緒に作る、企業と学ぶ、そういう大学にしていきたいと思っております。専門職大学は新しい教育機関です。

大学でもなく、専門学校でもなく、その間、というよりは“二つを足したような”イメージですね。大学のような一般の教養、学術、学問と、プロフェッショナルの専門学校の両方をやります。
 
古屋
それを4年間でやらないといけないわけですから。
 
中村
さらに必修でインターンシップを半年間ほど入れていくのですが、それだけじゃダメだと思っておりまして、学生たちが学ぶためのアライアンスを組む企業をそろえたいと思っております。これが思った以上にたくさんの企業の方たちが一緒にやろうと声をかけてくださって、100社を超えました。

さらに、全員起業というチャンスを与えたり、誰もが学生の間に一回はやってみて失敗する。目指すは「就職率0%」、既存の会社には誰もいかない大学を目指したいですね。
 
古屋
全員が起業家になると。
 
中村
はい、とは言っても今は就職したい人は多くなると思いますが、「チャレンジしたい」と思っている人に来てほしいと思っております。いっちょ暴れたいと思っている人がみんな来てくれるといいですね。
 
古屋
私も常々思っているところがございまして、日本は「ピラミッドが1つしかない社会」だと思っています。東京大学を頂点とするピラミッド、もしくはそれがハーバード大学に切り替わりつつありますが、ピラミッドはやはり一つなんですよね。

それが例えば、ビジネスを学ぶピラミッドですとか、ICT学習のピラミッドといった形でピラミッドがどんどんできていくと、学生の進路選択が多様になります。多様だということは、すなわちいろいろな才能の子たちが評価されるということですよね。先生の取り組みはピラミッドを新しく作り直せるきっかけになるのではないのかと感じました。
 
中村
僕も全く同じように壁を壊したいと思っています。典型図が霞が関で、東大のピラミッドが霞が関のピラミッドとあわせて世の中の頂点になっていたのが昔です。ただ最近は「霞が関行ったってしょうがないじゃん」という色が強くなってきています。それはそれで、いいことがあるだろうと思いますが、それに代わる山やピラミッドができているのかといえば、それがまだできていません。それを僕は作りたいと思っています。

ICTの世界ではアメリカが本場ですから、本当に優秀な人はアメリカをはじめとした海外に拠点を移してしまっているので、日本にも本場を作りたい。でも、1個そんな大学ができて単に学生を集めたところで、どうにもならないと思っています。それだけではなくて、興味がありますという企業が100社、1000社と増えていったら面白いのではないのかなと。教育の場というよりは挑戦する場という学校ですね。教育機関というよりも「挑戦する何かのプラットフォーム」です。


 
古屋
イノベーションのプラットフォームですね。スタンフォードのような。
 
中村
シリコンバレーの真ん中に立ってやっていたものですよね。日本版「墨田バレー」が欲しいと考えています。さらに全国のいろいろな場所に拠点を置きたいと考えています。それから大学という枠も取り払いたいと考えていて、「変な学校コミュニティ」も作りたいと思っているんです。

N高やAPUなどとも話をしていますが、いくつか尖った学校の何かにすごいやつがいて、変な活動をしているので単位が取れない状態でも、別の学校で単位はやるからと。そんな大きな仕組みを作れないかと考えています。
 
古屋
最近尖った高校生や大学生たちに話を聞くと、彼らが学校や企業に求めているのが本当に学歴やネームバリューだけじゃなくなっていると思うところがあります。求めているのは、場というか、空間自体というような気がしていて、得る空気もそうですし、得るネットワークもそうですし。彼らはすごくクレバーに、学校で何を得られるかということを考えている。

学歴という一種の「シグナル」は昔すごく有効で、官僚への就職に直結していた。ですが、いまはそういう社会ではない。本当に得るべきものはなんであるかと考えると、それは単なるシグナルの学歴ではなくて、例えば実際に起業できる経験ですとか、どういう人とのネットワークができるとか、そういったところを冷静にみているなと。優秀な子たちはそういったところを活用しつくしてやろうという、「貪欲さ」をすごく感じております。
 
中村
頼もしいですね。
 
古屋
はい、非常に頼もしいですね。
ただ一方で二極化も進んでいます。これもZ世代の研究とかでよく言われるのですが、「安定志向」と言われるんですね。例えば自分が最初に就職したこの会社にずっと努めたいですか?という質問に対してYESとこたえたのが新入社員は2018年に70%近くいるんです。

ですから、貪欲なグループとはまた、違う群がある。私の大きな問題意識は、その二つのグループがかなりの勢いで分離しつつあることにあります。私のミッションはその二つのグループを混ぜ合わせていくこと、解離していっても社会にとっていいことは一つもないのです。

「自分は挑戦している連中とは違うんだ」となると、足を引っ張りあうだけですから、SNSを見ていればわかりますが。なるべく混ぜ合わせて対話させていくというのが大切なのではと考えています。

中村 伊知哉
i専門職大学 学長(就任予定)
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科 教授
1984年ロックバンド「少年ナイフ」のディレクターを経て郵政省入省。通信・放送 融合政策、インターネット政策を政府で最初に担当するが、橋本行革で省庁再編に携わったのを最後に退官し渡米。
1998年 MITメディアラボ客員教授。2002年スタンフォード日本センター研究所長。2006年より慶應義塾大学教授。著書に『コンテンツと国家戦略~ソフトパワーと日本再興~』(角川EpuB選書)、『中村伊知哉の「新世紀ITビジネス進化論」』(ディスカヴァー携書)、『デジタルサイネージ戦略』(アスキー・メディアワークス、 共著)など。

古屋 星斗
一般社団法人スクール・トゥ・ワーク 代表理事
1986年岐阜県多治見市生まれ。大学・大学院では教育社会学を専攻、専門学校の学びを研究する。卒業後、経済産業省に入省し、社会人基礎力などの産業人材政策、アニメ・ゲームの海外展開、福島の復興、成長戦略の立案に従事。アニメ製作の現場から、仮設住宅まで駆け回る。現在は退官し、民間研究機関で次世代の若者のキャリアづくりを研究する。

 

2020’s若者キャリア論シリーズ

2020’sの若者キャリア論 中村伊知哉教授 × 古屋星斗 前編
2020’sの若者キャリア論 中村伊知哉教授 × 古屋星斗 中編
2020’sの若者キャリア論 中村伊知哉教授 × 古屋星斗 後編

一歩先行く先生に聞く。これからの学校→仕事 後編

企業の寿命が個人の職業人生より短くなる次世代の就業社会。これまでの教育の限界も見えてきています。私たちスクール・トゥ・ワークでは、学校空間で新しい取組を始められているフロントランナーの先生方とお話しながら、新たな「学校から仕事へ」のありかたについて考えていきます。

今回は、埼玉県立川越工業高校定時制の地理歴史科教諭である新井晋太郎氏にお話を伺います。新井先生は民間企業出身というご経験を活かし、ご自身で生徒と向き合いながらキャリア教育コンテンツを開発されており、スクール・トゥ・ワークとのコラボ授業のほか、ベンチャー企業やNPOなどとの様々な外部連携の取組を実践しています。

前回 一歩先行く先生に聞く。これからの学校→仕事 前編

新井先生
実は当校からも、先生がインターンシップするという取組でプロジェクションマッピングのベンチャー企業に送り込もうと思っています。4月に実現します。こうした取組によって就職やキャリアといったことについて、自分の言葉で話せる先生が増えていくといいな、というのが自分のこれからのやりたいことですね。

学校内でも共感が広がっていまして、校長からも「これからの先生はこういうことやらないとね」と言われています。自分も民間企業出身で何回も転職を経験しているので、学校でやっていることと学校出たあとが違いすぎちゃっていないか、といつも思っています。自分がいま勇気をもってできているのは、出会いがあったから。

すでに取り組まれている先生方と知り合えたのが自分の原動力になっています。もちろん、教育の現場を変えるのであれば、学習指導要領を変えて、ということが一番でしょうが、いまの学習指導要領には「キャリア教育は大事です」とは書いてあるんです。これ以上、待っていてもしょうがないので自分でやっているということなんです。
 
古屋
先生が行われていることが日本の教育の最前線ですね。ちなみに、スクール・トゥ・ワークとのコラボ授業はいかがでしたか?
 
新井先生
いろいろと感想はありますが、若手講師として職業インタビューを受けて頂いた「BONANZA」の子たちは、何と言っても人間的魅力がありますね。出会った定時制の生徒に対して、「何とかしてあげたい」「どうにかできないか」と思えるのが人としてすごいな、と思いました。

例えば、先生であっても、生徒に対して「こいつら何も言うことを聞かないしダメだ」となって、「ひどいクラス」としか思うことができない先生もいるんです。ほかの進学校などでは、「あがめられる先生」だった人が、定時制高校では、「てめえ」とか言われる先生になってアイデンティティが壊れてしまう場合もあります。

私自身も、生徒との距離感や関わり方に悩んだ時期がありました。そんな中で、「BONANZA」の子たちは、共感する、そしてこれからも一緒に話がしたいと思うこと自体がとても大きな人間力だと思いました。
 
古屋
一方的な授業や講演ではなく、対話を生み出せたら一番良いと思っています。最後に、生徒さんは今どんなことをしようとしていますか。

 

新井先生
幼稚園でのインターンシップをいまやろうとしています。男子生徒だが、母子家庭で、保育士をやりたいとのこと。履歴書を自分で書けないレベルで、遅刻や授業の抜け出し、教員への失言とかでやんちゃしていましたが、「学校生活を真面目に送れない生徒にインターンに行かせる資格はないぞ」、と言ったら、ばたりと遅刻や抜け出し、失言が無くなった。

すごいですよね。入学した頃は、原因不明の腹痛とか頭痛などの欠席も多かったのですが、友達も増えてきて変わりました。また、「農業やりたい」という子もいます。農業のバイトをやってみたいと。やったら変わるのかな、と思って進めています。手に職をつけるために専門学校も希望しているため、埼玉県立の農業大学校の存在も教えたところ、本人は乗り気でした。

しょっちゅう教員や生徒への暴言とかで問題を起こすが、そういう将来やりたいことがわかってきたらどう変わるのかなと。これが今の楽しみですね。「声優をマネジメントする会社で働きたい」という子もいます。確かに、もしかしたらキャリア教育をいろいろと行っていることが後押ししているのかもしれませんね。

みんなに「インターンシップやってみたい?」と聞くと、絶対「やってみたい!」と良い答えが返ってくる。とても充実感があります。
 
古屋
そうなんですね!「働くことは楽しい」「やってみたい」という高校生の声。私たちはとても大きな思い誤りをしていたのかもしれませんね。本日はありがとうございました。

一歩先行く先生に聞く。これからの学校→仕事 前編

企業の寿命が個人の職業人生より短くなる次世代の就業社会。これまでの教育の限界も見えてきています。私たちスクール・トゥ・ワークでは、学校空間で新しい取組を始められているフロントランナーの先生方とお話しながら、新たな「学校から仕事へ」のありかたについて考えていきます。

今回は、埼玉県立川越工業高校定時制の地理歴史科教諭である新井晋太郎氏にお話を伺います。新井先生は民間企業出身というご経験を活かし、ご自身で生徒と向き合いながらキャリア教育コンテンツを開発されており、スクール・トゥ・ワークとのコラボ授業のほか、ベンチャー企業やNPOなどとの様々な外部連携の取組を実践しています。


 
古屋(当団体代表理事):
本日はよろしくお願いいたします。新井先生はいま定時制高校の先生として、キャリア教育の実践を様々に行われていますね。なにが課題だと感じて取り組まれているのですか。
 
新井先生(川越工業高校教諭):
まず、赴任したときにもやもや感を感じたんです。
今年の2月に21歳の卒業後一年目の卒業生が書類を発行するために来校しました。卒業間際まで就活をしていた子で、3年生の時の放課後、体育館にいたところを自分が声をかけたら、いろいろなことを話してくれたんです。それからの付き合いで担任でもなかった自分にいろいろなことを話してくれました。

卒業後一年経っていましたが、「ブラックだ」とか就職した会社に不満も言っていましたがとりあえず続いていたようで安心しました。子どももできたとのこと。ただ、安心は安心なのですが、やはり、いきなり4年生(注:定時制高校は4年制)の就職活動というのはかなり難しいのではないかと思ってしまいます。

彼は就活はギリギリになってしまいましたが、もし彼が、スムーズに能動的にやっていたのであれば、社会人になるときにもっと面白いこともあったのかもしれない。就職を想像できていれば怖くない。お化け屋敷が怖いのは何が起こるのかわからないからだと思っています。
 
古屋
そんな思いを胸に、先生はどんな取組をされていますか。
 
新井先生
昨年11月くらいからなのですが、いろいろなキャリア教育の取組をしています。まず定時制高校出身の大手葬儀会社の支社長の講演を開催しました。さらに中卒でとびの会社の社長をしている方のお話を聞く会も。生徒たちは、仕事の内容自体はそんなに共感はなかったかもしれませんが、言葉が真に迫っていたので響いたようです。

定時制高校はいろいろな競争からあぶれた生徒たちが集まる高校です。定時制には自己肯定感が低い子もたくさんいます。でも学歴というビハインドをはねのけて活躍する人たちの話を聞いて希望が持てたのかもしれないと思いました。

また、大手自動車ディーラーの営業職や整備士、高卒の大手金属加工会社の生産管理の方、日本最大手の証券会社を辞めたフリーランス出張大工の方など、多様な職業人を招き、生徒たちに働き方や生き方について考えてもらう機会を増やしました。スクール・トゥ・ワークとのコラボ授業では、非大卒コミュニティ「BONANZA」に所属する20歳前後の若い社会人に来てもらいました。

若い人とカフェ形式で対話することで、話を聞くだけでない一方通行でない変化が起こっている様子です。みんなに聞いたら「楽しかった」と口をそろえていました。レスポンスの速さで本気度合いがわかります。うちの生徒たちは表現のバリュエーションがあんまりないので、実は「楽しかった」しか表現がないのですが、そのレスポンスの速さが本気度合いを示しています。

また、フリーランスの方やベンチャー企業と組んでさらにいろいろな授業で生徒たちのキャリアを考えていきたいと思っています。
 
古屋
日本は学校に、部活、道徳、給食・食育など、世界で学校が担っていないような機能が集まりすぎているとも言われますが、とはいえ学校は多くの時間を過ごすとても重要な場所です。その学校がそれだけの“きっかけ”を提供してくれたら、とても素敵ですね!新井先生、これからはどんなことをやっていきたいですか?
 
新井先生
いまは多くの高校で、進路指導を担当してくださっている先生はベテランの先生であることが多く、知見・経験ともに豊富でとても素晴らしいと思っています。これから自分たちの世代に移っていくなかでどうしていくか。実は若い先生は高校生の就活のスケジュールがわからない人が結構います。みんな大卒ですから仕方ないですよね。

四年生を担任してはじめて状況がわかるといいますか、先生方は自分が民間企業への就職活動をしていないですし、想像が難しいと思います。この点は、実は教員の初任者研修でもやっていないと思います。絶対に高卒就職を含めたキャリア教育や進路指導の研修をやるべきだと思います。先生のなかに高卒の人はいないのですから、知識だけでも教えるべきですよね。